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主にニコマスについて
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久々にがっつりエントリー。MMDでニコマスることについて、かな。と言っても考察的なものではなく、自分(の動画)語りの予定。

その前に20選についてのほう書けよ!なのですけども^^; いやー、うん。失敗したなあとw
批評じみたことを書いていきたいと思ってのあれなのですけども(それは自分がそういう書かれ方されたものを見たいからだったのですけども)、でもなんですかよくわからないケチをつけたようなものしか書けてない。感想も自分には語彙・表現力が乏しく難しいのですが、批評みたいのはまた全然難しいですね当たり前か。
というわけで筆ってかキーが進まないのですが、忘れてはおりませんので。

さて今回の発端はこちらのエントリー。

さけとばらの日々
http://blog.sakura.ne.jp/tb/54805020

tloさんのブログですね。
最近はMMDをいじってられるようで、tlo氏がMMDというのはちょっと意外な感もあります。



習作・テスト動画的なもので一本の動画としては作りこまれてないのですが、すごいですね。そして同時に(私から見て)ニコマスらしいなあと。演出というか効果というか、エフェクティブで(エフェクティブって言葉の使い方間違ってますが、通じるんじゃないかなあと思います><)。
こういうのって自分にはできない(技術ない)ですけど、たぶんニコマス界隈にはわりとあっさりやれちゃう人が少なくない数いて、んー、なんなんですかねw

MMDが意外というのは、たぶんなんとなくtlo氏はゲームのアイマスに対して思い入れが強い方、こだわりがある方のように感じてたところがあるからですが、一方で、



こうした動画を作る方ですから、MMDを用いようとなるのも自然かなとも思います。
私がよく言ういわゆる「ふつうのPV」で、ってこれをふつうのPVと言ってしまうと私がふつうのPVって言ってるものっていったい何?とさっぱりわからなくなっちゃうんじゃないかと自分でも思うのですけど^^; まあニコマス(PV)というのはPVとして一種の奇形というか、奇形ってのは言い過ぎか。偏ってるものと思います(批判ではなく)。そうではないものという感じの意味で私は「ふつうのPV」と言ってますが、やっぱりよくわからないですね。

さてtlo氏はエントリーでkenjoP氏の動画について「ここまでするならMMDでいいんじゃないか」と述べています。
それに対し、

続・空から降ってくるので
http://d.hatena.ne.jp/hunirakunira2/20120405/1333591508

にて、かずま氏が「ごく単純な話、教室の机に腰かけて頬を赤らめるあの春香さんをMMDでやっても面白味とゆー意味ではやっぱ半減しちゃうよねえ」と書かれており、私のほうはこちらに完全に同意です。キャプチャー素材でやってしまうところにすごさと面白さがあるわけですから。
ちょうど音源の「人力」と同じですね。人が歌ったほうがいいって言えばそりゃそうなんですけど、それじゃ意味ない。

一方、tlo氏からすれば「MMDでやったほうが」となるのもむべなるかなと思います。というのは。

ブログ記事の締めで氏は、「素材の意義について考えてみては」と問うています。でもこれって、考えるようなことじゃないんですよねえ、基本的には。ニコマスってMADなんですから。まず素材ありきですもの。
まず(キャプチャ)素材があって、それでこんなことを!というのがMADであってニコマスPVですもの。そしてその組み合わせの妙や、ここまでやる!?と言う類のものなんかを楽しむ。

tlo氏の場合しかし、どちらかというとまず表現したいものが先にある。動画を見るとまあたぶんそう。その表現したいもののために用いる素材はとなると、キャプチャ素材では限界がありMMDとなるのだろうと理解できる。上の伊織動画などを見れば、氏がMMDというのも自然だなと思えるわけです。
それはある意味MADを一歩超えてしまってると言えるかもしれない。そこを私は「ふつうのPV」と言ってるのかも。

もちろん、まず「表現したいもの」があると言っても、ニコマスである限りはあくまで「アイマスキャラで」が第一にあるだろうわけです。そう、キャプチャ素材でというのがニコマスPVと書いてしまってますが、素材問わずアイマスキャラによるものがニコマスですね。
ただ、それでも特にPVではやはり視聴者に「キャプチャ素材でこれをやってしまう」ことを楽しむというのがベースにけっこうあるんじゃないかと思います。

つまりニコマスという前提において、MMDを用いる場合、カメラやモーションの自由というアドバンテージを得る一方で「この素材でこんなことをやっちゃう」というMADの根源的な面白さを大きく失うというデメリットがあるのではないだろうか。
MMDで(キャプチャ素材の従来の)ニコマスと同じことをやっても特に面白みがないということがおそらく多々ある。そしてさらにその上、やはり質がキャプチャ素材に大きく劣ってしまう。

氏はエントリーでニコマス素材のアドバンテージが減少したと書いてますが(そう述べる際に念頭に置かれてるのはHDキャプチャ素材)、大きく見た場合、つまりニコニコにおけるニコマス(PV)というジャンルのアドバンテージが減少したという意味でだいたい間違ってはないとは思います。しかしニコマスという範囲内で考える場合、MMDとキャプチャ素材には依然として大きな差がある。
モデルそのもの(素体)については、実は私はMMDのアイマスモデルもおよそ十分なものと思ってます。だから自分もMMD使ってるわけです。
しかし、氏も認められてるモーションはもちろん、加えて(モデルそのものは良くとも)MMDからレンダリングして出力される絵の質について、しばしば絶望的なくらいの差を私は感じます。
のですが^^;

まあ、MAD本来の面白さが損なわれる点については、tlo氏はそこから一歩踏み出したような動画を作るので、氏にとってあまり関係がないように思います。また、氏ならずとも、ニコマスはすでに膨大な量が作られており素朴なMADではもはや埋没してしまい、仮に「多くの視聴者に受ける」ものを作ろうと思うならばなにかしら突出したものがなければならないことは、キャプチャ素材だろうがMMD素材だろうが違いはないでしょう。

とはいえ、やはりキャプチャ素材で面白いものとMMDでやって面白みがあるものとは異なるでしょう。たとえばドリPさんのドリフ再現をMMDでやっても面白くは・・・いやそれはそれで面白そうだな。たとえに適さなかったw でもそれは、キャプチャ素材で強引に再現する面白さとは少々異なるものとなるはずです。
まあなんだ。何言いたいんだっけ。えーと。
tlo氏のように先に「こういうものを作ろう」と見せたいものがある場合、それに適した素材はなにかという方向に考えることになるのでしょうけども、たいていの場合キャプチャ素材、MMD素材がまずあって、それでどういったものを作ろうかという思考なんじゃないでしょうか。では、じゃあ私はなんで今MMD使ってることが多いんだ?って話になりますけど、なんででしょうかねw

もひとつ、tlo氏のエントリーではニコマス(素材)のアドバンテージは少ないと結論づけてますけども、ニコマスという範囲内、ニコマスを作ろうという立場で見た場合はちょっと同意しかねる。MMDを触っていると、私はむしろよりアイマスのゲーム映像のすごさを認識しますし、その圧倒的な差をいかに埋めるか、あるいは何で補うかということを考えざるを得なくなります。
私なんかですらそうなのですから、たとえば美しい絵づくりみたいなことを重視するタイプなどの場合、たぶんMMDはまだまだ厳しいんじゃないでしょうか。

と、ここまで実は前置きです。って・・・
つづく。

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