ほぼ同一内容、3度目の正直うp。どういうことなの。。。
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実を言うと、下のBad Apple!! PVが昨日うpされたのは、私にとってはちょっとタイミング悪!だったりしますw
というのは。
こんなの見たら、すげえ!って思うじゃないですか。そして、
こんなすげえ!動画をもっと見てえ!
こんなすげえ!動画を作れるならば作りてえ!
って思うじゃないですか。
で、今日、当初書こうとしていたのは、そういう気持ちとはどちらかと言うと反対のことだったりするからです。
昨日・・・じゃないなもう一昨日か。の、エントリーで、日本人はもっと踊るべき!と書きました。
エントリーを上げた直後、某所で、どうして日本人は踊らないのか?という話になりました。というか、ちょっと突っ走り気味に話した。酔っ払って。
日本人は本当に踊らないのか?そうでもなくね?という点は置いときますw
私の周囲はそうだったので!踊らないってことにする!両親ともにディスコなんて行ったことない人ですし、周囲に踊るって人あんまいないので私がクラブ行くのって一人が多かったし、っていうか私自身、小さいころ盆踊りも踊らない子だったり^^;
気持ちいい音楽を聴くと体が自然に揺れるように、踊りというのは人間にとって本能的な動作でありまた快感であると思います。踊らないというのは、自然に反する、抑圧された状態ではないかとすら思うわけです。
であるのに、どうして日本人は踊らないのか?
まずひとつに、人目を気にするというのがあると思います。これは、調和・空気を重視する(KY)こととも重なりますね。
そして、もうひとつ。
日本人は、間違いや失敗とか、あるいは下手であることを強く恐れる、という傾向があって、それも踊らない原因になってるんじゃないかなと思います。
えっと。ちゃんとニコマス話になるよ!
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失敗を恐れるというのはどういうことかと言うと。
たとえばゲームをプレイするにしても、wikiなどであらかじめいろいろ調べたりして、正解の道筋をなぞる。そんなプレイスタイルする人がけっこう多い気がします。いわゆるJRPGと呼ばれる類のゲームなんかは、そういうプレイを導く、もしくは適したゲームである気がしますね。
またたとえば、言い古された見かたですが、日本人の人生は、正解から外れないようにレールを進んでいくかのような生き方、みたいな言われ方もされます。
ゲームも生き方も、正解があってその中でより高得点を目指す。与えられる算数ドリルを次々とこなしていくかのような・・・って、とても極端で乱暴な言いよう、捉え方ですけどもw
同じ職場の若い人の話ですが、RPGでもたとえばボスと戦おうというときなど(もちろんいつどこで何をしたらボスが出てくるかなんていうのは、事前にばっちり調べてる)、必要とされるレベルよりも2~3以上あげてから戦うと言ってます。たとえゲームでも、失敗というのがとても嫌なのでしょう。このあたり、長く続く不景気がそういう心理に影響してそうなんてやたら大げさな話に><
さて。
特に踊りっていうのは、体を思い切り大きく派手に使うもので、失敗とか下手というのがわかりやすい、目立つ(ように感じる)のかもしれません。
それゆえ、失敗することや下手であることを恥とし強く恐れる日本人は、いつしかあまり踊らなくなった。
みんなが踊らないとなると、KYを気にする日本人は、ますます踊らなくなると。浮いちゃうもんね!
うーん、強引w
「踊り方がわからない」なんていう台詞もちょくちょく聞きますしね。踊り方なんてどうだっていいのですけども。
あ。
これは、踊りにも「正解」(=型)を求めるってことかな。
考えてみると、パラパラとかそうですし。昔のディスコも曲ごとに決まった振り付けがありましたし(せ、世代なんかじゃないんだからねっ!)。アイドルの振り付けなんかも、そういう類のダンスかも。
型にピタっとはまった踊りの良さももちろんありますね。特に大勢がピシっとそろったダンスなんかも、とても気持ちいいです。
む?だんだん話がずれてってるのがわかるw けど続ける。
昔、TPD(東京パフォーマンスドール)というアイドルグループがありました。AKB47みたいなものかな、たぶん。メンバーとかそのへんはよく知りませんが、テレビで流れていた、大勢でピタッと揃ったダンスステージは、見てて気持ちよくって好きでした。
moguPさん。
ジゴPさん。
んー。私がテレビで見たのは、もっと大勢のステージだったような記憶がありますが^^;
Youtubeでアイドルマスターの動画をはじめ見たときも、このTPDを思い出したりしてました。TPDの曲でTPDっぽくニコマス動画を作ろうかなあと思ったこともありますw 上の曲とか、「キスは少年を浪費する」だったかな?あたりの曲で、誰か作って!
書きながら気づいたというか、思った。
私のうpした動画に対して、たまに、新しいとか自由とかいうコメ等をいただくことがあるのですが、どこがそう感じるのだろうと思ったりしていたのですが。
みんながバラバラに踊るって言うのは、クラブとかだとすっごく普通の光景です。そういうわけで、私にとって普通のものなのですが、ダンス=ピタっとそろえるものっていう認識があったりすると、新鮮に感じるのかもしれないですね。なるほど。
ついでに言うと、私の動画での各アイドルたちのシンクロ具合もかなり適当ですw 一応それぞれシンクロ合わせはやってはいますが、でも全部きちっとやるのは面倒だものw 実際(クラブなんかで)みんながみんなぴったり音楽に合わせて踊ってるわけじゃないじゃんって理由っていうか言い訳で、適当なところで手を抜いてたりしますので、けっこうシンクロずれてたりします。
もしかしたら、同じバラバラに踊るのでも、全員がビシっと音楽にシンクロが合ってたらまた雰囲気が変わるかもしれないな(でもないかもしれないなw)。
よし、本題に話戻すぜ!
間違いや失敗を恐れる。下手であることを恥じる。この傾向をまあ、悪いように書きましたが、もちろん必ずしも悪いわけじゃあないですよね。反転すれば、それは向上心にもなりますし。多少ずれる気もしますが、正解っていうか正確さを求めることは、もしくは上手なもの=良いものを求めることは、日本製品の高品質の理由のひとつであると思いますし。
ニコマスがここまでのものになったのも、より上手いもの、より良いものを求めた(上手い動画を作ろう!あるいは上手い動画を見たい!とかの)結果でもあると思います。
うまく言ってるときは、そういう向上心がいい方向に回転する。
でも、バブル後の日本とか、技術(ちょーーーーっと偏った範囲なんじゃないかとは思ってますが)が向上しまくったニコマスPVなんかのケースは、従来の「正解」のレールがすっごく細くなった状態と言えるんじゃないかと思います。
そうなると、失敗を強く恐れる心理が悪い方向に働くんじゃないでしょうか。失敗に恐怖し、みなが小さくなった「正解」に殺到し、そこに至らない者が増え、絶望(というのは大げさだけど)というか、不満を感じる人もまた増えるという。
ニコマスにおいても少々、上手いもの、良いものを求めすぎなところがあるのではないかなあと。作る側も見る側も。
別に失敗したって下手だっていいし、っていうか正解なんてねえし、って楽天的(なのかな)な精神も大事なんじゃないかなと思います。作るにしろ、見るにしろ、生きるにしろ(と言っても生きることに適当じゃあ下手すりゃ食べていけませんし、なかなか難しいですけどねw)。
でも、下手でも踊るのは楽しい、気持ちいいんだぜ!って。
まあそうは言っても、そんなストイック?なのはコア層の一部である気もします。
だから、とても良い動画でも再生数が伸びないなんてことが多々起こったり。一方で、質はともかくとして単純に楽しい動画であれば伸びたり。
いえ、わかりませんけどねw
なんていうかまあ、そんなに「良いもの」を求めなくてもいいんじゃん?と思わなくもないかなあ。
求めるのが悪いってわけじゃ全然ないんですけど、それで不満たらたらになるようなら、ねえ。
でも、先のBad Apple!!とかそういうの見ちゃうと、すげえの作りてえ!すげえの見てえ!って思っちゃうよねw
もちろんそういう気持ちが悪いわけじゃあないわけで。っていうか、向上心にもつながって、良い!わけで。
ただ、それでつぶれちゃったりとか、あるいはギスギスしたものになっちゃったりするようではつまらない。もったいない。
下手だろうがなんだろうが踊ってると楽しい!気持ちいいっていう単純な感覚は、何をするにしても忘れないようにしたいかなーとか思います。
Trackback
Comments
765ゴールド見ました。すごく「楽しかった」ですよ。
◇
さて、上記の文章に対する個人的な見解ですが、
たまに見受けられる「見る側」の中の残念なケースとして、
「自分の期待に添わない動画に対して、製作側の気分が萎えるようなコメントを残す」
点がありますね。
「上手さ」「良さ」の基準は人それぞれであり、
私は正直なところ「楽しさ」がそれらに該当します。
だから技術的に高い“だけ”の動画に対しては、
「わーうまいなーきれいだなー」と感心しつつ、
それ以上の感情が生まれにくいのですが…。
◇
見る側の立場として、動画を楽しませてもらっていることもあり、
製作者側が次回へのモチベーションにつながるコメントを必ず残させてもらっています。
それは、見る側としての礼儀、かなと思いますが。
それに、もしかしたら次回に「すっごい楽しい動画」が生まれるかもしれないですからね。
それが楽しみで仕方がありませんのです。
ただ、実はこれって私自身、ニコマスの“風土”から学んだものですけど。
そのあたりって、ニコマスのコミュニティはすごいなあ、良くできてるなあ、とも感じます。
◇
私はニコマス以外の動画って全くと言っていいほど見ないんですが、
「踊ってみた」の動画は、そんなにコメントが辛辣なんですか?
なんか残念ですね。というか「もったいない」ですね。
次回にもっと楽しい動画があげられる可能性もあるのに…。
◇
貴兄の動画のファンである私としては、
高いシンクロや高度な技術力よりも、
貴兄の持つ「センス」がすごく好きです。
それって絶対的に持って生まれてきたものであり、
技術力などをはるかに凌駕するものですよ。
おそらく、貴兄の動画が伸びる理由は、その部分にあるんじゃないかと。
「上手さ」よりも「楽しさ」に惚れて見る人って、
貴兄が考えている以上に多いんじゃないかなーと。
◇
あと、最後に。
「日本人は他人の目を気にする」点は否定できないですね。
失敗による恥を極端に嫌いますので。
でも、一方でいったんはっちゃけてしまうと、
ものすごい勢いで突っ走り始めます。
そこから、すごい“何か”が生まれる可能性があるんでしょうね(笑。
だから個人的には、そういったセンス溢れた「楽しい」ニコマス動画の誕生を、
毎日、毎日楽しみにしています。
私が一番最初に見たのはトカチPの動画で、
あれから2年半が経過しましたが、全く飽きない!
ニコマスってとっても不思議!(笑
◇
長々と書いてしまってすいませんでした。
次回作、心からご期待申し上げます。
ご自愛くださいませ。
人それぞれ考え方はあるかと思いますが、自分が楽しい範囲でやればよいと思うのですけどね。みんな好き勝手やった結果盛り上がったジャンルだと思っているので。
でわー。
自分も、すごく「楽しかった」です^^
空気としても、自分個人の問題としても、
ぽPが言うような「良いもの」を求めるという傾向を本当に感じます
その「良いもの」の意味する事は、おっしゃられてる通り、
おそらく「高品質」や「正解」などで間違いないでしょう。
最近考えていた事があったのですが、
今回のぽPのエントリーを見て目から鱗です。
ここで個人的な見解を挟まさせて頂きます
何故このような傾向が、強く感じるようになったのか
おっしゃる通り、ニコマスにおける技術の向上が原因だと思います。
恐らく、技術の向上によって、動画の質が相対的に上がり、
製作者および見る側の「動画の捉え方」が変わったのでしょう
具体的に言えば、「みんなでワイワイ楽しんで見るもの」から
「ガラス越しで、腕を組んで見る物」と捉えられ易くなったのではないでしょうか?
ニコマスPの最近は、確かに「芸術」と言われるまでも技術・センスが投入されています。
動画が「芸術品」として見られるようになれば、
その捉え方は「シンクロは・・」とか「主張は・・」と求められる物になって行きます。
つまり、芸術性・完璧性を追求されるものとなってくると思います。
それは、作る側および見る側の楽しみ方の1つとして全然アリだと思います
しかし、今のニコマスはそこに縛られすぎている感じもします。
ぽPの言う、「失敗だって全然OK」・「下手でも踊って楽しもう」という雰囲気。
自分は、ぽPの動画を見るたび、良い意味での「気軽さ」を感じているのですが、
その理由はそこにあるのかもしれません。
「踊ってみた」動画のコメントは、そうですね、ニコマスに比べると、うん(私もそんなに「踊ってみた」動画を見るわけでもないのですが)。
それほど攻撃的、悪意にまみれたって感じでもなく軽い感じではあるのですが、まあ、言われる側にとってはちょっとひどかったりするかなというか。容姿についてのこととか。
踊ってみた動画の多くは、顔をマスクで隠してます。
ネットで顔などを晒すのは、勇気がいることです。同時に怖いことかつ愚かなことです、とされてます。
私自身、ネットに顔晒しなんてとてもとてもって感覚です。
なにかしら実害を被ることは、もしかしたらほとんどないかもしれません。でも、不愉快な思いをする可能性は、かなり高いでしょう。
普段、私たちはもちろん顔を晒しあって暮らしているわけで、それが「危ないこと」もしくは「愚かなこと」少なくとも「勇気いること」であるのはだから、ネットだから、ネットの特性と認識されてるのではないかと思います。
でも。
海外では、けっこう普通にみんな顔晒してるように見受けられます(日本もネットの初期はそうでした)。
ということは、ネットで顔を晒すような行為は怖い、馬鹿だ、というのは、きっと日本社会の特性ではなかろうかと。
そしてそれはたぶん、残念なこと。
あれ。なんの話してるんだw
>「上手さ」よりも「楽しさ」に惚れて見る人って、 貴兄が考えている以上に多いんじゃないかなーと。
えと。私の文章力が足りなかったようです^^;
ストイックに「良いもの」を求める人というのは、実はコアな一部の人であってそうでもない人のほうが実際は多いんじゃないか。
だから、良い!って動画でも再生数が伸び悩むものが多くあったりする。
逆にそうでなくとも、単純に楽しかったら伸びたりする。
つまり、「上手い」「良い」よりも「楽しい」を求めてる人のほうが実際は多いんじゃないかな。
と、書いたつもりでありました。
ニコマスはコミュニティが発達してますから、その良さも多々あるのですが、もし一部の声・不満であってもそれがうっすら全体の空気として蔓延してしまうっていう面も、またある気がします。
それに、感覚的?もしくは肉体的?に楽しい!とか、そういうものを言語化するのって難しいですからねw
批判・批評、もしくは分析的なことが、少なくとも文字数的には多く語られるのは、しかたないことかなとも思います。
私もブログで動画紹介書くときなど、語彙力のなさを感じます。
で。
ニコニコには、「鳥肌!」とか「神動画!」とか、「振り込めない詐欺!」とか、ほんといろんな表現がされてて、これを大げさという理由でかなんでか、好ましく思わなかったり馬鹿にしたりする人もいるようですが、私はすげーー!!!(やっぱり語彙ねえな私w)って思います。
動画を見て受けた感動とか喜びとか楽しさとかを伝えようと、新しい言語表現を生み出してってるわけです。
どうしてビックリなのかw
実は昨年末こっそりとニコマス紅白動画をうpしておりまして、そこでもmoguPさんの動画を勝手に使わせてもらってます。
今さらですが、もしそれがご不快であるようでしたらすみません><
ですね。
エントリー内で、ニコマスがここまできたのは映像表現レベルの意味で、向上心によるものもあると書きましたが、もっと大きな意味で、一番の理由は誰もが気軽に好きに動画を作れる、作ろうかなって思える敷居の低さ、裾野の広さだと思います。
私は昔、FLASHを挫折したことがありまして(いわゆるFLASHブームはあまり知らないし、見てないのですけども)。
お試し版をDLし、足跡が歩いていく(それを上から見る)のを作ってみようとしたのです。
これが、自然に歩いてるような風にするのがなかなか難しく。
これは、動画っていうかアニメについて多少学ぶなりしてないとダメだと、やめてしまいました。
Action Sctriptもなんか難しそうでしたしー。
それから数年。ニコマスに遭遇。
ニコマスは、元動画(Xboxなくても素材にできるものが多々ネット上にある)を切り貼りするだけでそれなりに見れるものが作れるわけです。
動画を作ろうなんて欲求があったわけではないのに(FLASHに手を出そうとしたのも、サイト作成関連でした)、気づいたら作ってたw
より良いものを求めるのが悪いとは全然思わないです。
ただ、音楽を聞いてたら知らず知らず踊ってたみたいな、ニコマス見てたらいつのまにか自分も作ってたみたいな、そんな感覚を失いたくないなーと、今回のエントリーを書きました。
私がニコニコのアカウントをとったのは全然古くないのですが、ニコニコ動画が始まるというニュースを聞いたとき、これはいいアイディアだ!と感心したました。ひろゆき氏は、2chの実況板の盛り上がりを見て(実況板も私は見たことがないのですが)思いついたと言ってた記憶があります。
たしか、ひろゆき氏は「つまらない動画でもコメントで面白くする」と言ってたはずです。
ニコニコ自体が本来、(個々が)良い動画を求めるものじゃあないんですよね^^
どんなものでも(みんなで)面白くしちゃおうぜ!楽しんじゃおうぜ!って趣旨のものなんですよね。